一年365日 京日和 Ⅱ

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高岡智照尼 - 祇王寺

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嵯峨野にある小さなお寺、祇王寺。
この時期、苔はその色をいっそう濃くし、ビロードのように輝きを増していきます。


明治29年 高岡たつ子は、父末吉と料理屋の仲居との間に私生児として生まれます。
末吉はあちこちで女を作り、子をもうけるような道楽者。
たつ子が出来たとき、都合の良いように言い訳をし、行方知れずになります。
たつ子は生みの母との暮らしも叶わず、祖母によって探し出された末吉のもとに
置き去りにされてしまいます。
困った末吉は奈良に住む姉に預け、たつ子はようやく居場所を得ますが、
それもつかの間、金欲しさに末吉は、たつ子を売り飛ばしてしまいます。
たつ子が大阪の宗衛門町に連れてこられたのは12歳のときです。

数ヶ月の見習いのあと、舞妓・千代葉としてお披露目。
水揚げされたのは13歳。
「憤ることも悔むことも出来ず、ただ素直にあきらめることだけを教えられ、
色街という社会で生きて行く」ことになります。

数年後、身請けを約束した人に出会いますが、歌舞伎役者に心奪われていたことを咎められ、
結婚を解消されてしまいます。
こみあげる怒り、やり場のない気持ちを沈めるため、千代葉は左手小指をカミソリで切断すると、
男に差し出してみせます。
たつ子15歳

街では毒婦と噂され、千代葉は大阪を出ていかざるを得なくなります。
東京へ来た千代葉は照葉と名を変え、花柳界で1,2を争う売れっ子となります。
贅沢三昧の生活を送りますが、人間としては堕落の道を突き進んでいきます。

炭鉱夫との妾生活。
相場師との結婚、渡米。
アメリカ女性との同性愛。
離婚、アルコール中毒…
暴力をふるう男から逃れるため、故郷の奈良へ
そこで俳句に出会い、やがて仏門に入る決心をします。
たつ子が高岡智照尼として、廃寺同然だった祇王寺に赴いたのは39歳のときでした。


智照尼は自伝「花喰鳥」で、黒髪をそったとき『これで疫病神がおちた』と回顧しています。
『黒髪があったために、迷い、悲しみ、流転の淵をさ迷ってきたのかと思うと、
黒髪を切られることは、私の救いそのものだった』と。

平成6年 98歳で亡くなった智照尼は、今は祇王達が眠るお墓の傍で眠っています。


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生もよし死もよし若葉更によし   <高岡智照尼>


<2012.6.12 小雨>
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by machizuki09 | 2012-06-16 21:39 | 祇王寺
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The key to success is starting and not stopping.わかっちゃいるけどそれがなかなか難しい…


by machizuki09
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